このタイトルがかっこいい!

 突然ですが、新生ミステリ研究会の合作エッセイ「Mystery Freaks Vol.3」(価格300円にて文学フリマで販売しています)に私が寄稿した「すごいタイトルをつけたい!」において、私(庵字)は「タイトル付けが非常に苦手だ」という悩みを吐露しました。当該エッセイでは、昨今のヒット作に共通する「タイトル法則」を見いだして「売れそうなタイトル」を模索したのですが、このコラムでは、もう法則云々無関係に、ただただ私が思う「かっこいいタイトルのミステリ」を列挙紹介していきたいと思います。ただかっこいいというだけでなく、内容も面白い、いわば、名前負けしていない作品を選んでみました。さらに、タイトルだけでなく、より多くの作家を紹介したいという思いから、一作家一作品の縛りも加えます。ちなみに、思いついた順に気ままに書いただけですので、紹介順が順位になっているとか、そういったことはありません。それでは、「第一回 このタイトルがかっこいい!」をどうぞ!

「人形はなぜ殺される」高木彬光
 私が「かっこいいタイトル」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、いつもこの作品です。音も7(にんぎょうはなぜ)、5(ころされる)でリズムがありますし、タイトルが事件の様相を表しており、内容と見事にリンクしているところもポイントで、ただかっこいいというだけではない、タイトルのひとつの究極形体、理想だと思っています。

「何者」江戸川乱歩
 あまりメジャーではないかもしれませんが、私の好きな乱歩作品(短編)です。タイトルから内容がまったく想像できない不透明性が素晴らしいですね。過剰になんでも説明してしまいがちな昨今のタイトル事情に一石を投じます。ミステリなのかどうかすら不明です。乱歩作品は意外と「本格」の比率が低めですが、これはもう堂々たる「本格」だということも付け加えておきます。おすすめです。

「仮面山荘殺人事件」東野圭吾
「殺人事件」が7音なので、その前に来る文言を7音にしたら、それだけでもう7、7でリズムのあるタイトルになるのですが、そういったタイトル群の中でも本作はピカイチだと思います。ただ7、7になっているというだけでなく、さらに分解すると、かめん(3)、さんそう(4)、さつじん(4)、じけん(3)と、3、4、4、3、のシンメトリーになっており、これが心地よいリズム感を生んでいるの要因なのではないでしょうか。難しかったり過剰におしゃれな単語を使っていないところも、素材を活かしている感じで良い。まだ東野圭吾がガチガチな本格を書いていた時代の傑作です。

「痾」麻耶雄嵩
「あ」一音だけ。これから先、どんなにミステリ(に限らずあらゆるジャンルの創作物)が生み出されたとて、五十音順に並べたら先頭に来るのは必ず本作となります。未来永劫変わることのない絶対王者です。「かっこいいタイトルなのか?」という疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、「絶対王者」だから問答無用にかっこいいんです。本作については、『Mystery Freaks Vol.1』にて凛野副会長が詳しく紹介しています。そちらとあわせて読んでみると、さらに本作の意味不明さ――じゃなかった、面白さが倍増するはずです。

「過ぎ行く風はみどり色」倉知淳
 作者、倉知淳のシリーズ探偵、猫丸先輩が登場する作品はほとんどが短編ですが、これは珍しく長編です。それだけでなく、「日常の謎」が専門の猫丸先輩の手がける事件としては殺人事件であることも特異です。7、5の語感が心地よく、使われているワードも美しく、それでいて内容は見事な殺人事件というギャップも素晴らしいです。

「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd)」アガサ・クリスティ
 言わずと知れたクリスティの歴史的傑作。被害者名がタイトルになるという珍しい趣向で、「殺し」と殺伐とした締め方がされたスパルタンなタイトルです。タイトル界の無印良品みたいな感じですね(違うか)。どうして「殺人事件」ではなく「殺し」でタイトルが終わっているのか(「殺人事件」あるいは「殺害事件」としている邦題もありますが、原題から考えれば「殺し」が正確な訳となるはずです)。会のYouTube動画に上がっている読書会において、この謎を菱川副会長が解き明かしています。ぜひごらんください。

「見えない男(The Invisible Man)」G・K・チェスタトン
『ブラウン神父の童心』収録の、あまりに有名な一編です。読んだことはなくてもトリックだけ知っている、という方も多いのでは。「見えない男」は、創元推理文庫版の邦題で、ちくま文庫とハヤカワでは「透明人間」と訳しています(こちらのほうが訳としては正確?)が、「見えない男」のほうが事件(トリック)の本質、テーマを見事に言い表している妙訳だと感じるのは私だけでしょうか。

「人間の尊厳と八〇〇メートル」深水黎一郎
 短編で、本作が収録された本の表題作でもあります。典型的、かつ、お手本ともいえる「いちご大福」(合わない言葉どうしを組み合わせて意外性を出してタイトルを印象づける手法。参考文献:『すごいタイトル㊙法則』川上徹也)で、このタイトルに興味をそそられない人はいないでしょう。タイトルだけでなく内容も素晴らしいのです。「本格」とはまた違った味わいで、古今東西、私が知る限りで一番好きな短編と言っても過言ではない気がする。

「占星術殺人事件」島田荘司
「占星術」が6音なので、7、7にはならないのですが、その全面的に心地よくならない欠落した感じが、かえって不安感を抱かせ、作中の「アゾート殺人」の恐ろしさとマッチしています。「占星術」という、ともすればロマンチックなワードと「殺人事件」という現実的でネガティブなワードとの組み合わせは、まさに「いちご大福」。「せんせいじゅつ」が微妙に言いにくい言葉で、上手く言い切れたときの達成感がまた何とも言えません。

「獄門島」横溝正史
 母音が「う」と「お」(+「ん」)だけで構成されて、濁音で始まっており、音としてたいへん重量感のあるタイトルです。もともと「北門島」と呼ばれていたものが変化した、という設定もそそるものがあり、数あるミステリに登場する島のネーミングでもナンバーワンでしょう。「~の殺人」や「~殺人事件」など言葉を継ぐことなく、島名だけで言い切っているところも潔くてかっこいい。

「道化師の檻」鮎川哲也
 殺人犯と思われる「道化師」が衆人環視の密室という「檻」から消え失せた、という話で、内容そのまんまなタイトルなのですが、ワードの力強さも相まって、妙に頭に残るタイトルです。タイトルの作りから、「檻が道化師の所有物」のような印象も受け、道化師だけが、閉ざされたはずの「自身が創造した檻」から自由自在に抜け出せる特権を持っていた、という異様性、不可能犯罪性を強調しています。

「アデスタを吹く冷たい風(The Cold Winds of Adesta)」トマス・フラナガン
 なんですかこのかっこいいタイトルは、と思わず「タイトル買い」してしまった一冊です。架空の国(〝共和国〟とだけ呼ばれています)を舞台にした軍事ミステリという珍しいジャンルで、「アデスタ」とは共和国と隣国との国境にある山の名前です。直訳したら「アデスタの冷たい風」ですが、そこに「吹く」という動詞を一語入れたセンスですよ。さらには、「アデスタ〝に〟吹く冷たい風」でも駄目なんです。これでもかっこいいはかっこいいのですが、せいぜい70%といったところです。〝吹く〟という動詞を入れ、〝を〟という助詞を選択したことで、このタイトルは完全体となりました。1961年に日本で独自に編纂された短編集で、2015年に復刊されています。

「地下室の処刑」有栖川有栖
 火村シリーズの短編です。ドストエフスキーの「地下室の手記」からとったタイトルでしょう。「地下室」と「処刑」という、どちらも暗いネガティブな印象を持つ単語の組み合わせという「いちご大福」とは逆の、もともと親和性の高い単語どうしを組み合わせた、いわば「あんこ大福」(?)とでも名付けるべき手法なのですが、こういった王道なネーミングはクサくなってしまいかねない危険性を持つその裏、ハマるときは見事にハマるという好例です。「何もしなくても死ぬはずだった人間がわざわざ殺される」という魅力的なホワイダニットの傑作です。2016年に火村シリーズがテレビドラマ化された際に、シリーズを通して登場する敵組織として設定された「シャングリラ十字軍」が登場する貴重な回です(原作では「シャングリラ十字軍」はシリーズ通して本作を含め二回しか出てきていません ※2025年6月現在)。

「二足歩行型ガトーショコラ」凛野冥
 なんだこれは? と目を奪われること必至のタイトル。しかも、このワードは作中に実際に出てくるというのだからすごい。単語単位で区切られていないものの、7(にそくほこうが)、7(たガトーショコラ)、と音全体では7、7でリズム良く収まっていることが、不安感と安定感が同居したタイトルとして絶妙なバランスを保っています。「繊細な暴力」というか、「乱雑な知性」というか、とにかく変ですごい小説です。本作は「新生ミステリ研究会」が出店する文学フリマにて、600円でお買い求めいただけます。

 まだまだ「かっこいいタイトル」のミステリは挙げられますが、とりとめがなくなってしまうため、そろそろ締めようと思います。
 最後に宣伝を。
 きたる7月6日(日)新潟市産業振興センターにて開催される「ガタケット181」に、新生ミステリ研究会から私(庵字)個人で参加します。拙作「安堂理真シリーズ」のイラストを描いていただいている、なおきひろさんのサークル「1/nフロウジョン」と合同で、その名も「ミステリフロウジョン」という名前でブースを出します。私の著作と、若干ですが安条さんの著作を販売しますが、それ以外の新生ミステリ研究会の本も注文を受ける形で販売いたします。「ガタケット181で新生ミステリ研究会の本を購入したい」という方は、6月15日までに、会のメールか、私(庵字)のXアカウント(@NekoAnzi)に、欲しい本と冊数を書いてメッセージをください。本を用意しておきますので、当日、ブースにお越しいただき、お名前(もちろんペンネーム、仮名可)をお伝えください。
 文学フリマのほうでは、8月24日の札幌に出店します。
 それでは、7月に新潟で、8月に札幌でお会いしましょう!

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