


コラムを更新しました:ミステリ読者のためのSF5選

ミステリ読者のためのSF5選

こんにちは!暑い日が続きますね!
そんな日は、ホラーでも読んで、となるところですが、もうそんなお決まり文句にも刺激が足りない読書ライフになってきた頃合いではないでしょうか。
そんな貴方に、ぜひ、人間の怖さ、暗黒面に迫るノワール(「暗黒小説」「犯罪小説」)作品をオススメしたいと思います。
ノワール大好きメンバーが奥深い作品を思い思いに語っていますので、ぜひご覧ください(敬称略)。
★樹智花
ノワール小説おすすめ一〇選(一言コメントつき)
一:『死ぬほどいい女』ジム・トンプスン 三川基好 訳 扶桑社ミステリー
ジム・トンプスンの翻訳作品で、最も壊れていて最もグルーヴィな作品です。
二:『TOKYO YEAR ZERO Ⅱ 占領都市』デイヴィッド・ピース 酒井武志 訳 文藝春秋
主人公不在のノワール小説。語り手は……。
三:『殺戮の天使』ジャン=パトリック・マンシェット 野崎歓 訳 学研
個人的にノワール小説で最も美しいと思える作品。
四:『気狂いピエロ』ライオネル・ホワイト 矢口誠 訳 新潮文庫
犯罪小説の理想形だと思います。
五:『ミス・ブランディッシの蘭』ハドリー・チェイス 井上一夫 訳 創元推理文庫
白井智之とは別方向で倫理観皆無の危険な作品。ジェイムズ・ハドリー・チェイスは悪党を描かせると一流の腕前です。
六:『危険なやつら』チャールズ・ウィルフォード 浜野アキオ 訳 扶桑社ミステリー
オフビートな犯罪小説。主人公たちの哄笑が聞こえてきます.
七:『天使は黒い翼を持つ』エリオット・チェイズ 浜野アキオ 訳 扶桑社ミステリー
マンシェットに衝撃を与えたノワール小説。ノワールのお手本ではないでしょうか.
八:『ベルファストの12人の亡霊』スチュアート・ネヴィル 佐藤耕士 訳 RHプラスブックス
変化球的アイリッシュノワール。主人公の背負った罪と慟哭が聞こえてくるようです。
九:『音もなく少女は』ボストン・テラン 田口俊樹 訳 文春文庫
「女性の強さ」を観念的に描いたノワール小説です。俗なことを言うと、フランがかっこいい……!
一〇:『狼は天使の匂い』デイヴィッド・グーディス 真崎義博 訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
デイヴィッド・グーディスの描く「パルプ・ノワール」はどこか哀愁を帯びています。
★片里 鴎
ノワール小説って何かは明確に分かっていないし増してや言語化なんてできないんで、ノワール小説について語るっていうよりも好きなノワール小説っぽいやつの「ここノワールくて好き」っていうところを語っていくことで私にとってのノワールを語ることになるのではないかと思います。海外国内ごちゃまぜで思いついた順にいきます。でも多分、あんまり国内はないかもしれません。
まず好きなノワール小説って言えばドン・ウィンズロウの「ザ・カルテル」ですね。メキシコ麻薬戦争を描く「犬の力」三部作の二作目です。こういうと「ドン・ウィンズロウと言えば『犬の力』でしょ。三部作は一作目こそ至高」みたいなことを言ってくる奴がいるかもしれませんがそんな奴は無視。どうして犬よりもカルテルの方が好きなのかというと、まあ一つにはメキシコ麻薬戦争をある程度知っていたら即座に元ネタが分かるようなネタがバンバンでてきて最高っていうのがあります。カルテルはそれがもう多い多い。大盛り。大好きな「ブレイキングバッド」からメキシコ麻薬戦争に入った身からするとそれがもうおもろい。
どこをもって犬よりもカルテルの方が「ノワールってるなあ」と感じたかというと、全体に広がるアンチヒロイズムというかアンチカタルシスというかアンチドラマツルギーというかまあ日本語で言うと「乾いてる感」です。
ここから別作品のネタバレばりばりでいきますが、そもそも同じノワールで言えばジェイムズ・エルロイの「暗黒のLA四部作」というか三部作(やっぱダドリーが踊り出してからが本番でしょ感)があるじゃないですか。で、あれって私見では結局エド・エクスリーVSダドリー・スミスなわけです。その二人の戦いが背骨になっているという。
で、三部作の一作目として「犬の力」読んだら、「おもしれ―&なるほどな、DEA捜査官アート・ケラーと麻薬王アダン・バレーラ、こいつらの宿命の戦いの三部作か。ジョジョで言うところのジョジョVSディオみたいな感じね」と思うじゃないですか。思いますよね? 私は思いました。
ところが、「ザ・カルテル」では事態はすぐに暴走して、もはや個人的な話でなくなっていきます。これはまさに現実に即していて、確かにメキシコ麻薬戦争ってもう人の実存性とか剝ぎ取られるんですよね。組織の理論とかシステム的に戦争が起きて金が動き人が死んでいく。ザ・「悪の法則(The Counselor)」! とにかく状況が進み、戦争が激化していくにつれ、二人の宿命や感情、哲学といった個人的、人間的な部分はどんどん無視されていく。で、ラストですよ。三部作を通しての宿敵のはず(だと私が思っていた)の二人は、唐突に決着をつけます。しかもその決着は、どっちが勝ったとか負けたとかいう話ではなく、片方は命を落としますが、もう片方も自らの魂を裏切るというか、「え、お前それするの?」という行動をとります。その行動も、激しい感情に突き動かされてのものではなく、私の印象では「あー疲れた。もうやめよう……」とか「もういいよ、終わり」って感じの。もう本当に宿命の対決の決着とは到底言えないテンションの決着。達成感も爽快感も満足感もない決着。最初からあの二人は宿敵などではなかった、いやそもそもメキシコ麻薬戦争に宿命なんて人間的なものが関与する予定などなかったのだ。めちゃくちゃ乾いてる。ドライ。いやー、ノワールってる。好きですねえー。「アウトレイジ・ビヨンド」のラストともちょっと通ずるところがあるんじゃないでしょうか。
あとはこれも好き、デニス・レヘインの「闇よ、我が手を取りたまえ」ね。タイトルが対象年齢低めのラノベに出てくる魔術師の詠唱呪文みたい。
マフィアがらみの脅迫事件と同時に、かつて二十年前に起きた連続猟奇殺人と同様の殺人が行われる。犯人は捕まっているのに、どうして? マフィアとの関係は? そして例の捕まっている連続猟奇殺人犯は主人公である私立探偵に面会を希望する……みたいな感じのストーリーです。面白そうですねー。
上のカルテルとは逆にこっちはめちゃくちゃ人間性に焦点を合わせてます。犯罪組織のボスに幹部に下っ端、タフな探偵に助手の女性、色々なタイプの警察官に手の付けられない無法者に収容されている殺人犯といったノワール小説といえばこいつら、みたいなキャラクターが沢山登場して、その人間性が深掘りされています。どんなキャラクターも一面的ではない、というのにかなり比重を置いて描写している気がしますね。犯罪組織のメンバーだってシリアルキラーだってDV男だって、悪そのものではなく色々な面があるというのが様々な場面ででてきます。
さて、ここまでだと全然ノワールってないんですが、重要なのはこの人間の多面性の描写っていうのが善良なヒューマニズムによるものではないってことです。より具体的に言うと、正だけでなく負の人間性にも光が当たってます。
どんな人間にもいい面はある=どんな人間にも悪い面はある、って言葉にすると簡単なんですが、この作品では、まあ、それがずんと来るんですね。
もうちょい説明すると、この作品内で一番「イヤ」なのは、連続猟奇殺人犯でもなければ事件の黒幕でもなく、とある「普通の人々」の悪い面なんですよね。悪い面というか、まあ……あれな面というか。
とにもかくにも「普通の人々」=「とある町」の「悪い面」=「暗い過去」がこの作品の肝になっていて、それがノワールってるよなあって感じです。カルテルとは真逆の、湿度高めのじっとりノワールですね。このじっとりさもまたノワール。
国内はこれです。梁石日「血と骨」。これは更に湿度ましましというか、もう韓流にも近いねっとり感のノワールですね。作者の父親をモデルにした金俊平っていうヤクザも恐れる無法者の生き様、そして死に様を描くっていう。この無法者の生き様も、まあ、じとじとなんですよね。乾いた無法じゃあなくて暴力と脅しと狂暴性でいやーな感じで家族を含む周囲を支配していく無法。で、生き様もいやなら、落ちぶれて死んでいく様がもういやあーな感じでじとじとですね。全然スカッとする終わり方ではない。
ところで「皮剥ぎボリス」現象と私が言っている現象がありまして、それは村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」において登場する「皮剥ぎボリス」が、そのあまりのインパクトのために読者がキャラクターの登場場面のタイミングや量を勘違いするというものです。私のまわりの人々は、後から「あれ、皮剥ぎボリスってこんな前半の登場だっけ」「これだけしかこいつ登場してなかったっけ」「こいつラスボスじゃなかったっけ」果ては「皮剝ぎボリス以外何があったか覚えていないや」という意見が続出しました。
何が言いたいかというと同じような現象が「血と骨」でもありまして、「蒲鉾工場でサメさばいてたら腹から人間の死体が出てきた人食いザメだでも大丈夫むしろ人食いサメの方が美味しいらしいよ」って話です。もう、他の話はほぼ忘れているのにこの場面だけ強烈に覚えていて、これが私にとってのこの作品のノワールです。
これで最後、チャック・パラニューク「ファイト・クラブ」です。これがノワールなのかどうか迷ったのですが、これノワールじゃなかったらジャンルなんなのかと考えると結構難しい問題な気がするので一応ここに。
私これ映画から入りました。最高ですよねブラッド・ピットのタイラー・ダーデン。さて、これって暴力ポルノだって批判があったらしいんですけど、その批判はかなり的外れな気がしていて、小説を読んでそれが確信に変わりました。
そもそも何らかの欲望を満たす創作物を、性欲を満たす=ポルノ、それ以外の〇〇欲を満たす=〇〇ポルノっていう文脈で使われてるみたいなんですけど、そういう意味では大抵のものは〇〇ポルノですよね。
そして、ファイト・クラブが満たしてくれるのは暴力欲ではないのです。
ちょっと話を変えますが、私には夢=欲望があります。「異世界転生して無双したい」とか「美少女たちに一方的に好かれてハーレム展開を繰り広げたい」とかよりも、もっと下劣で、まあこういう場を借りてしか皆さんにお伝え出来ない、かなり恥ずかしい欲望です。
それは、ある日タイラー・ダーデンが私の目の前に現れて銃を突き付けてきて、「今すぐ会社をやめろ。スマートフォンを壊せ。wifiのケーブルを引き抜け。ゲームも漫画も捨てろ。貯金を切り崩しながら、小説を書き続けろ。今後、お前が最低限生きるため、そして世に認められる傑作を書きあげるために必要なこと以外するな。したら殺す」と言われることです。
これ実際に作中に似たようなシーンがあるんですが、それについての他の方々の反応を見るに、どうやらこの私の「余計なものを全て捨てて夢に向かって死ぬ気で努力したいけどできないから誰かに強制されたい欲」というかなり堕落した欲は結構な人々に共通するもののようです。
この「夢に向かって死ぬ気で努力する人生に変えろ、じゃないと殺す」シーンに代表されるように、ファイト・クラブで満たされる欲は「(現在の)自己否定・自己破壊」欲だと思います。実際、話のテーマもそれですしね。暴力シーンも、暴力を振るうところではなくて、暴力を振るわれる=破壊されるところが肝です。まあ、それはそれで暴力ポルノより危険なのではないかと言われたらそんな気もしますけど。
この自己否定・自己破壊的なテーマが背後にずっと流れ続けているところが「ノワールってるなあ」と思います。よく考えたら、ノワール小説の主人公って大抵自己肯定感低そうですしね。
以上、私のノワール小説についてです。
★尾ノ池 花菜
といこうとで、人間の情念描写が大好き尾ノ池が最近読んだおすすめノワール作品をここからはご紹介したいと思います。お付き合いくだされ~。
〇東野圭吾『幻夜』
東野圭吾ってノワールも書けちゃうの!?やっぱ天才やわ、と改めて感じる大傑作。
『白夜行』の続編にあたりますが、『白夜行』を読んでいなくても楽しめます。
以下、あらすじです。阪神淡路大震災の混乱のなかで、衝動的に叔父を殺してしまう主人公。その殺害現場を目撃していた女性。2人は罪を隠して生き延びるという選択肢を選ぶ。東京で、2人はさらなる「幸せ」「成功」のために、さらに罪を犯していく。そこにあるのは、愛か何か。
本書の見どころはやはり驚愕のラストでしょう。何たる「運命の女(ファムファタル)」と私は最後に(心の中で)叫んでしまって、ラストの興奮を忘れることはできません。実に見事な幕引きにしばらく幻夜の余韻から抜け出すことができませんでした。罪を重ねて外道に堕ちていく2人の間にあったのはどんな感情なのか。それを愛と呼ぶことができるのか。この衝撃、またこの深い(不快)テーマをここまでドラマとし、エンタメとして世に発表できるのは東野圭吾しかいないでしょう。
〇ジェイク・ラマー『ヴァイパーズ・ドリームス』
ジャズとニューヨークと犯罪。ノワール小説の表現として、「かっこいい」「スタイリッシュ」という感想を持つことができるのが本作です。
あらすじは、1961年、トランぺッターを目指して、恋人との生活を捨ててニューヨークに飛び出した主人公クライド。ジャズ全盛のハーレムで、麻薬密売人となった。彼は、歌姫に恋をして、3人の人物を殺害していく。クライドの望んだ「3つの願い」。そこに救いはあるのか。
本作は序盤で「3度目の殺人」と明かされ、時間が巻き戻って主人公の成り上がりと転落をおっていく構成になっています。そのため、一体誰を主人公は殺してしまうのか、なぜ殺してしまうのか、サスペンス調で進んでいく緊張感があります。夢をおっていたはずが、いつの間にか堕ちていく。最後に待っているのは圧倒的な暴力です。悲しみを通り越して、もはやかっこいいです。
〇マット・ラフ『魂に秩序を』
本書の帯がもうすごいです。
「ミステリー、青春小説、ノワール、冒険小説、サスペンス、成長小説、モダンホラー、情痴小説、ロードノヴェル、ラヴ・ストーリー、ジェンダー・クライシス文学」
て、てんこもりすぎる!オールジャンルを包摂しています。新潮文庫史上最も分厚い1088ページの文量にも圧巻。
あらすじは、主人公は多重人格者で、アンドルーという人格は他の彼/彼女の人格、魂の代表として誕生した。そして魂の秩序と共存のために他人格と話し合って、過ごしていた。ある日、殺人犯を事故死へ追い込み、自身の行為が殺人につながっていたのではないかと疑いを持ち始める。同じく多重人格のペニーとともに、故郷へ向かい自身の秘密を知り、魂たちとの再会を目指していく。
正直、犯罪小説要素が強いノワールかと問われると、他作品と比べるとそうでもないかも、と思ってしまう本書。道を踏み外すことが主題ではなかく、主人公の罪とは何か、本当にそれは罪か、自身の出生の秘密とは何かを探っていくボーイ・ミーツ・ガール・ロードストーリー。かなり前向きになれる明るい作品だと私は思っています。ジェンダー観点からみると、肉体の性と人格の性の間で揺れる男女othersの葛藤が垣間見える文学作品でもあると思います。
〇チェスター・ハイムズ『逃げろ逃げろ逃げろ』
逃げろって3回も言っちゃったよ。日本人って3回唱えることが好きよね。(ちなみに原題は「Run Man Run」です。語呂がいいね。)
あらすじです。舞台はニューヨーク(NYが舞台になりがち)。白人警官のウォーカーは、路上に停めていた愛車がないことに気づき、近くの食堂にいた黒人清掃員を盗人と勘違いして射殺してしまう。彼には意識的な、また無意識的な黒人差別意識が根付いていた。殺害現場を目撃したもう一人の黒人も射殺。その時に食堂地下にいた黒人の同僚ジミーには逃げられてしまい、そこから2人の逃走劇が始まる。ウォーカーの陰湿で執拗な追走、警察も恋人も誰にも頼ることができないジミーの悲壮感。ジミーは逃げ切れるのか、対峙するのか。まさかの幕引きも圧巻の作品です。
ウォーカーが、警官のくせに腐っている(笑)。もはやサイコパス野郎なので、こんなやつを警官にさせておいていいのか、NYとつっこみたくなる。ジミーは恋人に頼ろうとしますが、恋人にも信頼されず、また裏切り行為にまであってしまい、人生の不条理さを感じます。そんなジミーは自衛策を取りますが、ウォーカーに殺されてしまうのではないかと終盤までずっとハラハラさせられます。しかし、圧巻、ある意味すっきりびっくりなラストになるので、なかなかあの終幕はなんだったのか、他の読者と議論したくなります。もし話したい人はご連絡ください!
さあ、おすすめノワールいかがでしたでしょうか。皆様の背筋が(色んな意味で)凍り付き、少しでも暑い夏を乗り越えられるようお祈りしております!