『京都買います』

【著者】庵字

【あらすじ】
作家にして素人探偵、安堂理真が取材に訪れた京都では、仏像窃盗犯が巷間を騒がせていた。
表題作を含め5編を収録した、「本格」にこだわったミステリ短編集。

【販売】
文学フリマ(京都8、東京38、岩手9、大阪12、札幌9、福岡10、東京39)

試し読み

テキスト
PDF
その他

第一章 ふたりの京都旅

 上越新幹線から東海道新幹線へと乗り継ぎ、新潟を発つこと約四時間半、私と理真りまは京都の街に降り立っていた。
 京都で不可能犯罪事件が発生して、理真に出馬要請があったわけではない。今回は純然たる旅行なのだ。いや、正しくは〝取材旅行〟と言うべきだろう。理真が京都を舞台に次回作を書きたいということでロケハンに来たのだ。取材費として経費扱いに出来るのは理真の分の旅費だけだが、割り勘にすれば実質ひとりが半額で京都観光に洒落込めるということで、こうして私、江嶋由宇えじまゆうも同行したのだった(ひとり旅行は不安だからと理真に請われた事情もある)。
 二条城にじようじよう三十三間堂さんじゆうさんげんどう清水寺きよみずでら金閣寺きんかくじ銀閣寺ぎんかくじ。主立った名所名刹は昨日のうちに巡り終えており、今日は何のあてもなく、新潟へ帰る最終の新幹線までの時間が許す限り、ただただ京の街をぶらりと――それも、京都の中心地から少し外れた、あまり観光客が訪れないような地域を——散策するのが目的だ。京都駅からはだいぶ離れ、バスが通っているのかも明確ではないが、なあに、いざとなったらタクシーを拾えばいい。タクシーならば何人乗っても料金は同じなので、私が同乗しても取材費で落ちるから構わない――という理真の弁を信じよう。
 観光客といえば、昨日訪れた有名観光名所たる仏閣、史跡は凄かった。観るべき名所そのものにも当然圧倒されたが、観光客の人数も凄かった。立錐の余地もないとは言い過ぎかもしれないが、私も理真も、完全に京都を舐めていたと告白せざるを得ない。今日は本当に平日なのかと思ったのだが、よくよく見てみれば観光客の半分は外国の方々だ。日本の暦だけで人の動向を推し量ることは出来ないのだ、この京都という街は。
 理真が小腹が空いたというので(ちなみに昼食から一時間程度しか経っていない)、軽食を摂ることの出来る軽喫茶的な店を探し求める。有名な喫茶店チェーンも目につくが、京都まで足を運んだからには地元ならではの店に入りたい。
 私たちは、軒先に赤い敷物を敷いた縁台を出している、まるで時代劇にでも出てきそうな趣のある喫茶店——〝茶屋〟と呼んだほうがずっと相応しい——を見つけて暖簾をくぐった。
 注文した串団子とお茶を持ち、私と理真は軒先の縁台に席を求めた。
「いただきまーす」
 理真は大口を開けて団子を頬張る。私は、お茶をひと口すすってから、
「で、理真、小説のロケハンは順調なの?昨日も今日も、それっぽい話は一切していなかった
けど?」
「うん、だいたい掴んだ」
「それは何より。どんな話になるの?」
「そうだね、タイトルは……『銀閣炎上』」
「パクリじゃねえか。ていうか、いくらフィクションでも銀閣寺を燃しちゃうのはどうなの?
『金閣炎上(きんかくえんじよう)』は実際に起きた事件を元にしてるわけだし」
「銀閣寺で撮った迷惑行為の動画をSNSに上げて、バッシングが殺到しちゃう話」
「ああ〝炎上〟ってそっちの……っていうか、どういう話なんだよ」
 いちおう理真は〝恋愛作家〟という肩書きで通っているはずだ。そんなバカな話をしている私たちの前を、一台のパトカーが通り過ぎていった。
「パトカーをよく見るね、今日」
 ツートンカラーの警察車両を見送った理真が、早くも最後の団子を口に入れた。確かに、今朝ホテルを出てからここまで、何回もパトカーを見かけており、警邏中とおぼしき制服警官の姿も目撃している。
「そうだね」
 と私も団子を口に運んだところに、
「仏像泥棒ですよ」
 暖簾の向こうから、茶屋の店員が顔を出してきた。突然に不穏な言葉を耳にして私と理真は、顔を見合わせてから店員へと視線を移した。
「お昼のニュースで言うてました。例の仏像泥棒がまた出たそうですわ」
 それを聞くと、私と理真は、ああ、と再び顔を見合わせた。
 京都と奈良を中心に、寺から仏像が盗み出されるという盗難事件が多発している、というニュースが世間を騒がせ始めてから、はや数箇月になる。報道によれば、これまでに起きた事件は三件に及んでいる。
「ニュースでは、盗難が起きたのは午前十時頃言うてました。朝っぱらから、ようやりますわ。
しかも、今回られたんは、ここからそう遠くないお寺さんだそうですわ」
 呆れたような顔をして店員は、はあ、とため息をついた。過去の三件はすべて深夜に行われていたはずだが、四件目にして大胆にも白昼堂々犯行に及んだというわけか。
「犯人の目星は、まったくついていないそうですね」
 理真が訊くと、
「そうらしいですなぁ。単独犯やないか、いう話は聞きますが」
 店員の言葉どおり、警察は単独犯であるという目星をつけているらしい。というのも、被害に遭った仏像が、いずれも高さ数十センチ程度の人ひとりでも運搬可能なものばかりで、しかも、各寺から一点ずつしか盗み出されていないためだ。さらに、現場周辺からは怪しい人物や車両の目撃情報も取れていない。犯人が複数犯で、車両も使用されているのであれば、それだけ人目につく確率も上がるはずで、三件もの犯行を重ねながら目撃情報がひとつもないというのは考えがたい。唯一〝仏像の目利きだろう〟ということだけが、警察が得ている犯人についての情報だ。奪われた仏像は、地味だが芸術的価値の高いものばかりだという話だ。
 そんなことを考えているあいだにも、また一台のパトカーが今度は反対方向から走ってきた。ウインドウ越しに見えた警察官の表情には、緊張の色が見て取れる。それを目で追っていた理真も、恋愛作家ではない、素人探偵の顔になった。が、それも一瞬だけのこと。
「すみません、お代わり下さい」
 すぐに作家――というか食いしん坊――の顔に戻り、空になった皿を差し出した。
 おおきに、と店員さんは皿を受け取って店の中に戻る。もし、この仏像盗難事件が新潟県下で発生していたら、間違いなく理真に出馬要請が出ていただろうなと考えつつ、私はお代わりはやめておこうと決め、名残惜しくも最後の団子を頬張った。京都に来てからというもの、理真に付き合って美味しいものを食べ続けていたため、このままではまずいのだ。新潟を発ったときには余裕で締められていたベルトが、今朝着替えたときには、お腹を引っ込めないといつものベルトが通らなくなっていた。それに引き換え、お代わりの団子の到着を今か今かと待ち構えている、隣に座る理真のスタイルはどうだ。京都に来てからだけでも、少なく見積もって私の倍は食べているだろうに、いつものことながら、摂取した栄養がすべて脳に行っているのではないかと本気で思うレベルだ。

Web小説版

    Contact