


25/02/04 Xスペース読書会:土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』

保護中: 【解決編】スリザーリンク神殿の殺人(文学フリマ京都9 無料配布)

副会長の菱川あいずです。
最近はサンリオの新キャラクターの『はなまるおばけ』と鹿児島のお菓子の『げたんは』にハマっています。どちらも三角形のフォルムが可愛いです。
さて、新生ミステリ研究会においては、月に1〜2回のペースでミステリ読書会を開催しています(Xのスペースにて。菱川のアカウントが主催)。
去年(2024年)に扱った課題本は、以下のとおりでした。
・天狗屋敷の殺人……大神晃
・赤虫村の怪談……大島清昭
・密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック……鴨崎暖炉
・爆弾……呉勝浩
・悪魔のひじの家……ディクスン・カー
・方舟……夕木春央
・廃遊園地の殺人……斜線堂有紀
・死はすぐそばに……アンソニー・ホロヴィッツ
・密室は御手の中……犬飼ねこそぎ
・捜査線上の夕映え……有栖川有栖
・コズミック 世紀末探偵神話……清涼院流水
いずれの作品でも議論が白熱し、一人で読書をしているだけでは気付けないことにたくさん気付かせていただきました。
そして、これは新生ミステリ研究会の活動と関係なく、あくまでも個人的な思いつきによって、文字どおりの〈独断と偏見〉で、上記の作品のランキングをXにおいて作成したところ、
1位は、夕木春央の『方舟』に決まりました(拍手)
ちなみに、2位は、鴨崎暖炉の『密室偏愛時代の殺人(以下略)』です。
2位となったこの作品も(知名度は低いかもしれませんが)とても面白く完成度が高いので、未読の方にはもれなく読んでもらいたいところですが、
今回のエッセイでは、1位の『方舟』を扱いたいと思います。
なお、それ以外の順位や軽い講評(辛口かもしれません)に関しては、年始頃に菱川がXにて投稿しておりますので、ご関心がある方がいましたらぜひともご確認ください。
さて、『方舟』ですが、このエッセイで紹介するまでもなく、名の知れた作品です。
2022年に発表されたこの作品は、『週刊文春ミステリーベスト10』『MRC大賞』をダブル受賞し、「このミス」でも4位に輝きました(なお、1位は呉勝浩の『爆弾』でした)。
ただ、その経歴以上に、この作品はSNS上などで話題となった印象であり、2024年に文庫本が発売された際にも多く取り沙汰され、『この作品でミステリに目覚めた』というような感想も見られました。
このエッセイでは、『方舟』の知名度の高さを信じて、ネタバレ上等で、作品の魅力を分析するものです。
未読の方は、点線以下を読まないようにご注意ください。
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(以下、ネタバレあり)
『方舟』の最大の魅力は、いわずもがな、エピローグで披露されるどんでん返しです。
このどんでん返しがエゲツないほどに綺麗に決まっているのです。
それでは、なぜ『方舟』のどんでん返しはここまで美しいのか。
僕なりに分析したところを以下に書き連ねたいと思います。
⑴ 意表を突くどんでん返しであった
もちろん、『意表を突く』かどうかというのさは、読み手がどういう予想をしながら作品を読み進めたかという主観に大きく依存します。
その意味で、『方舟』のどんでん返しは予想どおりだった、という感想を持った方もいるはずですが(新生ミステリ研究会のメンバーにもいました)、少なくとも、僕に関しては、全く想定外のどんでん返しが、あり得ない角度から飛んできたなという強い驚きがありました。
ゆえに、以下で述べることは、僕にとって『方舟』のどんでん返しが意表を突くものであった理由の分析に過ぎないのですが、要因を挙げてみます。
① 作中の殺人事件よりも一段階上の層(レイヤー)でのどんでん返しだった
この作品のどんでん返しは、作品の基本設定である〈誰か一人を生贄に捧げれば他の全員が助かる〉という部分に仕掛けられたものでした。上記基本設定が虚構で、実際には〈一人しか助からない状態で、他の全員は犠牲にならなければならない〉というものだったという話です。
まさに〈土台を覆す〉どんでん返しであり、少なくとも、僕としては完全にノーマークでした。
② エピローグ無しでも本格ミステリとして十分に成立していた
この作品で扱われた連続殺人事件では、ウェス、爪切りといった印象的な証拠品を用いた緻密な推理(犯人当て)が展開されており、特徴的な首切りの動機も含め、本格ファンを唸らせるような事件処理が行われていました。
ゆえに、多くの読者は、殺人事件が解決したことで満足をし、よくできた本格ミステリだったなあという感想とともに本を閉じようとしたはずです。
しかし、その後のエピローグで大どんでん返しがあり、まさか!!となったのではないでしょうか。
③ エピローグ以前にどんでん返し的な趣向は一切見られなかった
②で述べたとおり、本作品で扱われている殺人事件は本格ミステリ(手がかりから論理的に推理をする)という意味では完成されていましたが、そこで読者の認識を逆手に取るようなテクニックは一切使われておらず、どんでん返し的な手法はエピローグにて初めて使われます。
柔道で例えるのであれば、それまでは大外刈りや小内刈りといった足技だけを狙っていた相手が、ラスト数秒で突然一本背負を決めてきたという感じの構成で、その点がかなり意表を突くものだったのではないでしょうか。
④ 帯に『どんでん返し』を匂わせることが書かれていなかった
これとても大切ですよね笑
『方舟』の帯には『この衝撃は一生もの』と書かれていましたが、どんでん返しものでよくあるような、『あなたは絶対に騙される』とか『二度読み必至』というようなフレーズは書かれていませんでした。
ゆえに、どんでん返しを覚悟しないままでエピローグに到達した読者が多くいたのではないでしょうか(僕はそうでした)。
……と、ここまでが『⑴ 意表を突くどんでん返しであった』です。
いやあ、実に巧妙ですよね。
「『方舟』のどんでん返しは予想どおりだった」という方は、警戒感がめちゃくちゃ鋭いですね。
さて、次にいきます。
⑵ どんでん返し前よりもどんでん返し後の方が説得力があった
この点が、僕が『方舟』の一番優れている部分だと思っています。
基本設定で見ると、
【どんでん返し前】
〈誰か一人を生贄に捧げれば他の全員が助かる〉
【どんでん返し後】
〈一人しか助からない状態で、他の全員は犠牲にならなければならない〉
となっていますが、どうでしょうか。
たしかに【どんでん返し前】の設定も、村の災厄を防ぐために村で一番綺麗な娘を生贄にしなければならない、みたいな形で出てくる設定ではありますが、より今風で今の若者にとってしっくりくるのは、【どんでん返し後】の設定の方ではないでしょうか。要するに〈デスゲーム〉です。
また、犯人の動機についても見てみます。
【どんでん返し前】
殺人を起こすことによって、犯人を生贄役にするという構図を作り、その上で、自らは犯人候補から外れようとした
【どんでん返し後】
〈方舟〉に残った一人しか助からない状況であることを隠蔽するための殺人(真相に気付きそうな人を殺した)
こちらは明らかに【どんでん返し後】の動機の方が優れています。【どんでん返し前】の動機は如何にも取ってつけたようなものである一方で、【どんでん返し後】の動機は殺人を犯す必然性そのものです。犯人は殺人をしなければ生き残ることができないのですから。
『方舟』の犯人の動機は、ミステリ史上屈指の説得力を持っているとさえ思っています。
話を少し戻しますと、僕が言いたいことは、【どんでん返し前】よりも【どんでん返し後】の方が説得力があるということは、どんでん返しの芸術点を飛躍的に高めるということです。
残念ながら、近年のミステリにおいては、そうではない〈無理やりなどんでん返し〉〈どんでん返しのためのどんでん返し〉というものが横行しており、どんでん返しがなかった方が良かったのに!と思う作品も結構あります。どんでん返しに食傷気味となっている読者も少なくないはずです。
どんでん返しの真価は、意外性だけではなく、腑に落ちるかどうかという点でも決まる、ということを、僕は『方舟』から学びました。
『方舟』のどんでん返しについて、僕が分析した点は以上です。
以下では、どんでん返し以外で『方舟』を傑作たらしめた点を挙げてみます。
⑴ 本格とどんでん返しの両刀使い
この作品が一般の読者にウケたのは、どんでん返しが衝撃的だったからだと思います。
他方で、どんでん返しだけでは、ミステリの玄人にはウケなかった可能性があり、ミステリに精通した人々が評価する賞レースでは勝てなかっただろうな、と想像します。
『方舟』が賞レースで評価されたのは、おそらく、どんでん返し部分に加えて、連続殺人事件の謎解き部分(精緻な論理)があったからなのだと僕は理解しています(選評を読んだわけではないですが)。
玄人ウケする部分と大衆ウケする部分を兼ね揃えたという点が、『方舟』をここまで押し上げた武器だったのではないでしょうか。
⑵ 流行りの〈デスゲーム〉を利用した
『方舟』はとても面白いミステリですが、面白いミステリが全て評価されるわけではなく、(前述の鴨崎暖炉の作品のように)脚光を浴びない場合も多いのが実情です。
『方舟』が評価された背景には、時流に乗ったということも間違いなくあるでしょう。それは『方舟』が、構造面において、今流行りの〈デスゲーム〉を用いていることによる、と僕は分析しています。
昨年のミステリ賞を総ナメにした『地雷グリコ』も〈デスゲーム〉ではないですが、それに似たゲームものの小説です。
時流を意識するというのは、商業的な成功のためには欠かせないことなのでしょう。
……と、ここまでは『方舟』を手放しで褒めたのですが、この作品に欠点がないかといえば、そういうわけでもないと思います。
多くは語りませんが、『方舟』の弱い部分は、その年の『このミス』の一位を『爆弾(呉勝浩)』に譲ってしまっていることに象徴されるように、人間の感情や情念を書き切れていない点にあるかなと思っています。
〈方舟〉の中で連続殺人まで起きるという極限状態で、登場人物たちが本当にあのような行動を選択するだろうか、実際にはもっと混乱し、ひっちゃかめっちゃかになるのではないか、というのは、おそらく誰しもが思うことなのではないでしょうか。
『方舟』は、文体も相まって、〈ドライ過ぎる〉と感じられかねない作品だと思います。
他方で、個人的には、夕木春央という作者には、かなり特殊な経歴であることからも、むしろ〈普通じゃない〉作品、狂気的な作品を書いてくれることを期待していますので、ドライな部分も含めて良い味が出てるのかなと思っています。
さて、そろそろタイトル回収をしなければなりません。
このエッセイのタイトルは、
『方舟』は本格ミステリのシンギュラリティか
というものです。ちなみに〈シンギュラリティ〉は、日本語にすると〈(技術的)特異点〉であり、今でいうと〈AI〉がそうだと言われていますが、要するに、新技術とか歴史の転換点みたいなものです。
これは『方舟』の売り文句からとってきたタイトルですので、決して僕が考えたものではありません。
考えてみると、『方舟』が何か新たな試みをしているかといえば、そうではないような気もしますので、文字どおりの〈シンギュラリティ〉とまでいえるかどうかといえば疑問があります。
ただ、どんでん返しものの新たな地平を切り拓いたという感はあるかなと思います。これまでのどんでん返しものに喝を入れ、今後はどんでん返しをやるんだったらこのレベルを超えてこい、という指標になった、という評価はできるのではないでしょうか。
PS:『方舟』の読書会において、僕が犯人である麻衣ちゃんへの愛を語っていたことが珍妙であったということで、会長の庵字さんから、『2024年 新生ミステリ研究会 ミステリ読書会大賞』たるものをいただきかけたのですが苦笑、この点について若干の弁解をしておきます。
僕は決して『麻衣ちゃんへの愛を語っていた』わけではなく、前述したとおり、この作品の犯人の動機は殺人を必然とするものであり、とても納得できるという話をしていただけのつもりです。
加えて、犯人が主人公を救うつもりがどの程度あったかという点につき、小説をそのまま読むと〈犯人と一緒に方舟に残る〉という選択肢をとった場合だけ救うつもりだったと理解されるところ、僕は、かなり行間を読んで、
犯人は、犯人と一緒に方舟に残るという選択まではせずとも、少しでも犯人に同情し、悩みを見せてくれたら主人公を救うつもりであったが、主人公が「じゃあ、さよなら」と想定外に冷たい態度をとったことで、急遽主人公を救わないという選択をした
という解釈を披露しました(なお、その解釈の根拠は、二つ目のハーネスを編むという時間と労力のかかる作業は、当然に二つ目のハーネスが使われるであろうことを想定している、というものです)。
その解釈を説明する際に、「麻衣ちゃんは、手作りマフラーを編むように、夜なべをして健気に一生懸命ハーネスを編んでいて……」というような言い方をしてしまったため、あらぬ疑いをかけられてしまったのだと思います。
ですので、この場を借りて弁解させていただきました。
まあ、麻衣ちゃんのことは普通に好きですけどね。
(終)