All for Mystery Freaks

森バジル『探偵小石は恋しない』を政治的に理解し、批判する

日々の納税、お疲れ様です。尾ノ池です。

さて、新生ミステリ研究会では、森バジル『探偵小石は恋しない』のスペース読書会を開催しました。
読書会の様子はこちら

菱川さんに指摘され、初めてこのタイトルが韻を踏んでいるのに気づきました。
そんなことはさておき、本作は極めて政治的なメッセージを含んでいると思い至りましたので、コラムとしてまとめてみたいと思います。

●ネタバレなしのあらすじ

ネタバレ厳禁。驚愕体験の本格ミステリ!
小石探偵事務所の代表でミステリオタクの小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ている。だが実際は9割9分が不倫や浮気の調査依頼で、推理案件の依頼は一向にこない。小石がそれでも調査をこなすのは、実はある理由から色恋調査が「病的に得意」だから。相変わらず色恋案件ばかり、かと思いきや、相談員の蓮杖と小石が意外な真相を目の当たりにする裏で、思いもよらない事件が進行していて──。
小学館HPより

以下はネタバレを含むので、要注意です。また批判もしているので、苦手な方は回れ右をお願いします。





●ネタバレ含むあらすじと構造/展開
探偵の小石と助手の蓮杖は、不倫調査を得意としていた。本当は探偵らしく殺人事件の解決をしたいところ、現実は不倫調査ばかり。
本作は大きく三つの小事件が、小石の過去に関わる大きな事件に包摂される複雑な構造を取っています。ちなみに、助手の蓮杖が今回の謎解き役兼語り部です。

一つ目の事件は、女子高生の彼氏の身辺調査。
二つ目の事件は、事実婚のカップルのお互いの身辺調査。
三つ目の事件は、”アイドル”と結婚した男性、アイドルの誘拐事件を解決するお話。

小石にはふたつの特殊設定があります。①他人の恋心が矢印として可視化できる、②血をみるとなぜか局部的に記憶を失う、というものです。

各話の間には、事件に関わり浮気をしたとされる人物にハートマークの傷をつけられ殺されるという事件が起きます。

そして、物語は小石に関連する過去の傷害事件に時を戻します。これは、恋心を患った双子の自作自演による事件だと解決されます。傷害としてハートマークの傷というのが出てきますが、恋をされた側の生徒の母親が父親の不倫に苦しみ、傷をつけてしまったというエピソードに関連しています。

そしていよいよ、大詰め。
犯人は小石探偵事務所の事務員で、ギャル、記憶を研究している古泉でした。この方は小石に恋をしており、過去の記憶を取り戻してほしく、不可解な事件を起こしているというものでした。小石、古泉というのは両親の不倫により苗字が変わっていたというもの。過去事件の高校生たちと同一人物だということが分かります。

古泉が殺していた人物たちは、実は各小事件の浮気加害者ではなかったことにより、助手の蓮杖が真相に至りました。
一つ目の事件は、女子高生の彼氏が何歳も年上であったこと。女子高生は男子高生くらいの同年齢としか付き合わないという盲目的な思い込みにより、勘違いをしてしまいました。
二つ目の事件は、親族同士のカップルであったこと。近親相姦なんてありえないという思い込みから勘違いを起こしました。
三つ目の事件は、男性が結婚したアイドルとは、人形のこと。人形の窃盗盗難事件でしたが、人形を人間のアイドルと勘違いしたところがポイントです。
小石と蓮杖は、依頼者の思想信条を重んじ、同じ目線で語ったことにより、実際の現場を見ていない古泉が事件の報告書だけを読んで、勘違いをし勘違いの人たちを殺してしまったというものでした。

古泉の動機は、小石の記憶を取り戻したいというものでした。
小石が記憶を失っていた理由は、学生時代に古泉が無理やりキスをしたショックだったため。古泉が真相を話すと小石は全てを思い出し、事件は解決したものとされました。

しかし、まだまだどんでん返し。
なんと様々なサポートをしてくれていた警察の片矢が黒幕だったというものです。彼は、小石に恋をしており、小泉を操っていたそうです。逆上した片矢。小石を傷つけようとしたところを、蓮杖が助け、事件は解決。小石と蓮杖は恋仲になり、大団円を迎えました。

とまあ、本当に簡潔に書いてみましたが、やはり複雑です。
本作の叙述トリックとどんでん返し、特殊設定もりもりの意欲的な作品だと本当に感心します。

●本作における恋愛の形―自由恋愛はどこまで進んだのか

本作で叙述トリックが成立する条件が、多様な恋愛観への容認です。

これまでの保守的な恋愛観というのは、健全な人間のヘテロセクシャルな男女(同年代で親族ではない)の間でのみ成立するというものでした。これは歴史的、宗教的、社会的、文化的に支えられてきた権威のある考え方です。それは子供を産む、どれが社会的に生産性があるとされ、近代国家、中央政府により推進されてきたものです。

これにより、いわゆるマイノリティーの恋愛、例えばホモセクシュアルや人間以外への恋慕という本来は自由で多様な思想に基づくもの、を疎外し、時に差別や刑事罰の対象として扱ってしまいました。特に同性愛者への差別は顕在化し、ナチス政権下では強制収容の対象とまでなってしまいました。恋愛や結婚が特権化してはならない、としてこれらの自由と平等を求め、政治的運動は広がり続けています。日本でも、右翼の政治家が「同性カップルは子供をつくらないため生産性がない」という論考を寄稿し、大きな批判にあいました。

こうして、恋愛の多様性を認めようという思想の広がりが本作の成立を支えています。ヘテロセクシャルな”普通”の男女恋愛という犯人の思い込みが勘違いを生み、真相に至る鍵となっています。本作のトリックは、「普通」という思い込みを逆手に取っています。

犯人の誤認が真相解明の鍵となる点において、本作は現代的な恋愛観の変化を反映した作品といえる。本作の社会的背景を考えると、多様な恋愛への理解と受容という思想が大衆芸能に広がったという理解もできます。

●女性の性の解放としての不倫事件

二つ目の浮気事件の、親族間恋愛の女性側の動機が、「女性の性の解放」の一端を表現していることにも触れておきましょう。
彼女の動機は、夫の一人だけとしか男女の関係になったことがないため、経験として他の男性との性交を体験しておく、というものでした。このために浮気(?)相手は、女性専用風俗で働く男性です。

この動機は、女性の性の解放を表現しています。近代以降の日本社会は、儒教やキリスト教圏の教え、また性の管理をすることにより、家父長制の強化と出生率を増加させる政策をとってきました。この政策のなかで、女性の「処女性」が強化されていきます。つまり、女性は生涯結婚する男性とだけ肉体関係を持ち、産めよ増やせよとして良妻賢母であることを求められてきました。戦後、抑圧された性の管理からの解放として、女性の性の観念も変化してきました。自由恋愛の考え方に基づき、女性は男性と自由に肉体関係を持つことができる、という思想と運動が進みました。女性の性の扱いは、つねに処女/良妻賢母信仰と、フリーセックスの間で、揺らいできていました。

この背景を考えると、本作の女性側の動機は、女性の性の解放に支えられたものであるように感じます。女性用風俗が社会に増えたことも背景にありますが、その動機が所与のものとして表現されていることは、自由恋愛と自由な性的選択への社会的受容が進んできたこととして理解できます。

●自由恋愛の副作用としての性加害

自由恋愛の弊害の一つとして、同意のない性加害があげられます。誰とでもなんでも恋愛や性的関係を結べるという考えのもと自己の権利を訴え、社会的平等の均衡が崩れると、性的な被害というものが増えます。本作には同意のないキスによるショック症状として小石が記憶を失ったり、過去の事件において事件の犯人側の動機の一つに女性教師から男性生徒への性暴力があったりと、性的な加害が語られます。自由恋愛の拡充が、倫理的成熟と必ずしも一致していない、その弊害としての性暴力がしっかり描かれていることも現代社会を映す鏡のように感じられます。

●開示される情報と多様性への理解の限界について

さて、本作の叙述トリックの根源、”普通”の恋愛観にひきずられ、犯人が勘違いしてしまった、ということのアンフェアさについても考えてみたいと思います。

スペース読書会でも大変熱い議論になりましたが、叙述トリックの課題のひとつに「語らないことのアンフェアさをどのように克服するか」というものがあります。

本作の叙述トリックは、恋愛の多様さに理解が至らないために見破れなかったというメッセージ性を含んでいます。しかし、果たして本当にそうでしょうか。実際のところは、多様な恋愛への理解が至らないからではなく、単純に「多様性の理解に必要な情報が、情報として開示されていないから」ではないでしょうか。ここが多様性の理解に関する点で非常に難しいところです。相手を理解したい、相手の自由な思考を尊重したいという思いを支えるには、相手の情報が必要だと私は思います。確かに私は友人と話す際に、刷り込まれた社会的前提に基づく会話をしてしまいます。恋愛はヘテロセクシャルな男女がするもの、という前提を持った会話が、ホモセクシュアルな指向を無意識に傷付けてしまうリスクがいつもあるわけです。そういった可能性に自覚的でありたいと思い、発言を振り返り、必要があれば認識を変更するように努めているつもりです。しかしその認識変化には、やはり「多様性がある」として「自分がこういう人間である」と開示していただく歩み寄りもぜひしてほしい時があります。またそういった自己開示を社会が排除せず、受容するサポートも必要だと考えます。


ここまで考えると、本作の叙述トリックは、「多様性に理解が及ばなかったから」ではなく、単純に「情報として書いていないから」という欠点を有します。一つ目の事件は、彼氏が年上である、二つ目の事件は親族間の恋愛である、三つ目の事件は人形の窃盗事件であると最初から書いてくれれば、「まあそういう人もいるか」で済んでいたわけです。しかし、本作の最後のどんでん返しを支えるには、そこはあえて伏せなければいけない。書かなかった理由は、小石が依頼者を尊重していたため。うーん。もやもやが残る部分があります。

●「政治的正しさ」としての自由恋愛が含む暴力
「多様な恋愛を認めなければいけない」という政治的圧力を含むメッセージにも、危惧する点があります。このメッセージが「正しさの押しつけ」という暴力に変わることには、反対です。正論を相手に押し付けるということが新たな排除を生みます。保守的な思考が、正しいとして差別や排除が生まれてきました。その暴力を断ち切るために、先人たちは求めてきた恋愛の自由、権利の拡充運動を進めてきたはずです。自由な恋愛の権利が、正論として他者に押しつけられる保守的な思考になってしまった場合、また新たな差別や排除を生むリスクがあります。


~まとめ~
色々語ってきました。
『探偵小石は恋しない』を政治的に理解し、批判する思考の試みを行ってきました。本作は、令和においてこそ成立する素晴らしい探偵小説だと思います。


Mystery Quiz

    Contact