


文学フリマ東京39に出店します

24/12/01 文学フリマ東京39

文章の書きはじめには、いつも困らされる。内容や言葉の選択はもちろん、アナログなら筆記具だけでなく文字の色や様子も含めると気になる要素は多岐に渡る。新しいノート、それも大切な友人からのプレゼントともなれば一入。
最初の見開きページ。物理的に角度を変えたって、あぶりだしごとく文字は浮かび上がらないし、相変わらず皮革のカバーはしっとりと冷たい。
前傾の体を起こしたら、自然とあくびに繋がる。目的は未達成なのに、もう疲れを自覚してしまった。時計の盤面を急ぐ長い針は、まるで誰かさん。
お気に入りのペンを置いてティーカップに手を伸ばす。いつの間にかおいしく飲めるようになっていた。柔らかな椅子に体を預けて一息つく。
そのとき、ベルが聞こえてきてアンティーク調の扉に視線が引き寄せられた。もう一度体を椅子に預けようとして、やめた。
たったいま入店した女性は、シンプルな黒いリュックサックを二つ、両肩にそれぞれ掛けている。
距離があるから店員さんとの会話は聞こえなかった。彼女は近くの空いていた席に荷物入れを一つ引き寄せると、リュックサックを二つとも押し込む。
気づかないうちに、ティーカップではなくペン軸を握りしめていた。
女性から視線を外す代わりに、改めて見開きの紙面と向き合う。
リュックサックには同じ位置に同じロゴが刻まれていて、背中を完全に覆うほどのサイズ感。しかし、どちらも下重心、まだたくさん荷物を入れる余白はありそう。だから一つの荷物入れにどちらも押し入れることができたのか。
じゃあ、なぜ彼女は二つの同じリュックサックをこのカフェに持って来たのかな?
例えば、入れ替えトリック? いや、セルフで入れ替えてどうするつもり? 何か、同じくらいの大きさのものを二つのリュックサックに分けて持ち運んでいるほうがあり得そうかな。二つに分けて持ち運ばなければならないもの? ううん、二つとは限らない。専ら困難は分割するものだし、分割数は無制限。一体、何を持ち歩いてきたのかな。ひとりメニュー表を眺める彼女を観察する……白いトレーナーに水色のデニムスカート、足元は黒いスニーカー……随分動きやすそうだけれど、かわいいヘアアレンジに淡い色彩の服装では、これから汚れたり必死になったりするような重労働をするとは思えない。
すでに目的は果たしたから今はアリバイ工作している、とか? 仮にそうだとしても、中に入れる荷物を小分けにすれば、そもそもリュックサックは一つにできるし、なにより持ち運びやすい。わざと人目につこうとしているなら、あまりにも違和感を伴わせ過ぎている。何か明確な理由があるとしても、謎は深まっていくばかり。このまま迷宮入り?
ふたたび扉のベルが新しい来客を告げた。
わたしは目を丸くした。
きっと、違う意図で、彼女も同じだっただろう。
店員さんに何か言いながら、扉付近でその男性は店内の顔にすばやく視線をやる……水色のトレーナー、デニムパンツに黒いスニーカー……彼は、小さく手をふっている彼女を見つけると、表情を綻ばせて手にしていた紙袋を軽く掲げて見せた。ごめん、リュック大変だった? 大丈夫だよ、並ぶのも大変だったでしょ? そんな会話が聞こえてくる。
なるほど。
似ている服装の二人は、役割分担をして、一つの計画の中でそれぞれ目的を遂行していたらしい。なんと、まあ、かわいらしい犯行だろう。
女性がメニュー表を見せながら提案したとおり、このカフェが人気になった由縁である紅茶のケーキセットが二つ、男性によって注文された。
一方。
油性インクの文字がのびのびと散乱した紙面。決して丁寧ではないけれど、必要な情報は書かれている。問題編は提示できる。
同じ条件なら、ほかにはどのような推理を立てられるだろう? 君だったら、どこに着目して、どのように考えていくのかな?
君に話したい謎を見つけられて満足。たまには外出するのも良いね。
……いいや、決して頻度を上げてほしいわけじゃあない。今日は特別だから。あくまでも、たまに、だよ。
紙面に指先を滑らせる。ペン先が気持ちよく走ってくれたのも納得の感触。文字が滲まないのを確認してそっとノートを閉じた。
まもなく、ベルの音が店内に響き渡る。扉の前には、周囲を見渡す君の姿。わたしは軽く腰を上げながら小さく手を挙げた。
「きいちゃん!」