


写真で振り返る新生ミステリ研究会・文学フリマの旅~札幌庵字編

【Youtube更新】#文学フリマで買った本 『赤沼家の殺人』byKan 勝手に感想語ろう会

【著者】庵字
【あらすじ】
新潟県警に送られてきた謎の犯行声明文。
そこには、いろは歌の順に地名と名字を合わせた連続殺人を行うとの宣言が書かれていた。かつてイギリス全土を恐怖と混乱に陥れた『ABC殺人事件』を想起させる連続殺人が、現代の日本に蘇る。
〝いろは殺人〟は、快楽連続殺人だけを目的とする、シリアルキラーの仕業なのか? それとも周到な計画犯罪か?「殺人鬼いろは」に素人探偵、安堂理真が挑むが、探偵の、警察の捜査を嘲笑うかのように〝いろは殺人〟は重ねられて…。
ウェブ版の全面改定を行い、書き下ろし短編「怪しき隣人」を収録。
【販売】
文学フリマ東京40
試し読み
第一章 よみがえる連続殺人
今日の日中は、向こう十年間の同日平均気温よりも三度も低かった。
テレビの中からアナウンサーがそう告げた。ロケ地である新潟駅前では、そのアナウンサー自身も厚手のコートを羽織り、寒そうに襟元を寄せている。
学校、会社帰りの時刻のため、アナウンサーの背後には右から左から、画面を行き来する人の姿も多く、すでに冬支度万端という格好の人もいれば、未だ秋、いや夏の装いが抜けきれず、背中を丸め足速にフレームアウトしていく人も少なくない。
「明日も今日と同じくらいの気温になるでしょう。例年よりも少し早い時期ですが、視聴者の皆
さまも、冬服や暖房器具などの防寒対策を早めにとり、風邪などひかないようじゅうぶん気をつ
けてお過ごし下さい」
最後にアナウンサーが締めくくり、お天気コーナーは終了した。
そんなことを言われると、何だか寒さが増してきたような気がする。私は脱いでソファの背にかけていたカーディガンを手に取り、肩に羽織り直した。
「ねえ、そろそろストーブ出さない?」
私は隣で雑誌を読んでいた友人、安堂理真に声をかけたが、
「いいや、まだまだ」
目を落とした雑誌から顔も上げずに返された。
何がまだまだなのか。我慢比べしてるんじゃないって。単にストーブを実家から持ってくるのが面倒くさいだけなのだ。作家なんていう時間の自由が利く商売をしているのだから、いつでも行ってこられるだろうに。
「ぶはっくしょい!」
雑誌から顔を上げた理真は、号砲一発とばかり、大きなくしゃみを飛ばした。ほれみろ。
「今のは違うから。誰か噂してただけだから」
そう言いつつ理真も、床に投げてあったストールを拾い首に巻く。
噂でくしゃみが出るなんて、そんな迷信を声高に言う立場じゃないだろ。
先に書いたとおり、この友人、安堂理真の職業は作家だが、それとはまた別の顔も持っている。不可解な現場状況などの謎めいた事件、いわゆる不可能犯罪の捜査で警察に手を貸す、素人探偵という顔を。
理真のホームグラウンドは新潟県。彼女が居を構えている(と言ってもアパートだが、加えて私が管理人をしている)のが、ここ新潟県新潟市だからだ。
私、江嶋由宇と理真は友人であり、管理人と店子であり、ひとたび不可能犯罪が起きれば、探偵とワトソンとなる間柄なのだ。こういった民間探偵の中でも、女性同士のコンビというのはなかなか珍しいのではないかと思っている。
テレビに視線を戻すと、画面はスタジオに切り替わっており、アナウンサーが横から差し出された原稿を受け取った瞬間だった。
「……たった今入ってきたニュースです。本日午後二時頃、新潟市中央区炉端町のビルで、男性の死体が発見されました。所持していた免許証から、新潟市西区在住の六田龍好さんとみられ、死因なども含め捜査中とのことです。詳しい情報はまた明日のこの時間に。では失礼します」
予定外の臨時ニュースを読みあげたためか、アナウンサーが「失礼します」の「す」を言い終わるか終わらないか直後に、番組は局屋上カメラから新潟市内全景を映すいつものエンディング画面に切り替わった。制作テロップが流れ終え、私が見ていた夕方のローカル情報・ニュース番組は終了した。画面は地元企業のコマーシャルに変わっている。
テーブルに置いてある理真のスマートフォンが鳴った。誌面から端末に視線を移した理真は、そのディスプレイに映った発信者の名前を見ると雑誌を閉じ、すぐさま応答する。私もちらっと発信者名が目に入った。
「もしもし……はい、はい……」
理真の口調は、いつもよりも少し畏まっていた。電話をかけてきたのは、新潟県警捜査一課の城島淳一警部だ。警部から電話が来るとは珍しい。
理真はほとんど喋らず、警部の話を聞くことに注力しているようだ。この対応から見るに、警部から出馬要請がかかったに違いない。作家ではない、素人探偵としての安堂理真に。
このように、素人探偵が警察に協力する体制が非公式ながら確立されているのは、過去に民間人でありながら不可能犯罪捜査に協力し、数々の実績を上げてきたレジェンド探偵の諸先輩方の活躍が基盤にあることは言うまでもない。
「分かりました。すぐ向かいます」
通話は、理真のその言葉を最後に終了した。
「県警だね?」
私の問いかけに、理真は、うん、と答え、
「暖かくしていったほうがいいね」
窓越しに外を眺めた。
厚い雲が垂れ込めた空の下、街は薄暗く、道行く自動車もヘッドライトを灯して走行している。雪がちらつくにはまだ早い時期だが、本格的な冬到来の足音が、もうすぐそこまで迫っているのは間違いないようだ。
吹きつけた風が街路樹や生け垣を抜け、甲高い口笛のような音を発している。〝虎落笛〟というのだっけ。耳にするだけで体温が下がりそうな音だ。気温もどんどん低くなるだろう。
これから理真は事件の捜査に忙殺されることになるのか。ストーブを早めに出していればよかったと後悔しているかもしれない。
拝啓 秋涼のみぎり、警察の皆様におかれましては、日々犯罪捜査、治安維持へのご尽力、心よりねぎらい申し上げます。
さて、この度、筆を執りましたのは、私が起こした行動を報告するためでございます。
尤も、鋭敏な警察の方々であれば、すでにお気付きのことかと存じますが、老婆心ながら一言申し添えます。
五十谷にて伊藤が、炉端町にて六田が。ここまで申し上げれば、私の目的がご推察されることかと存じます。
警察の皆様には、次なる私の行いを止めていただきたいのです。まことに勝手なお願いとは承知しておりますが、私は警察の力に全幅の信頼をおいております。
皆様の崇高な理念と行動が、新たなる悲しみを未然に防いでいただけるものと信じて。
それでは、冷たい風の吹く季節となりましたが、風邪などひかれませぬよう、皆様におかれましては、くれぐれもご自愛下さいませ。
かしこ
吉月 吉日
いろは
新潟県警捜査一課御中
新潟県警捜査一課の部屋で、理真と私は城島警部にその手紙を見せられた。A4紙にワープロソフトで縦書き印刷されている。封筒の宛名もワープロ打ち。消印は新潟中央郵便局。日付は昨日。指紋は出なかったということだが、念のため理真も私も手袋をしている。
「今日の昼配達された郵便だ。それを読んで、所轄署と協力して炉端町の捜索を行ったところ、ビルの屋上で刺殺体を発見した。被害者は六田龍好、二十八歳。書かれていたとおりだった」
城島警部の説明を聞き、私はもう一度手紙の文面を黙読した。出てくる前にテレビで聞いた臨時ニュースはこれだったのか。
「刺殺されていたということですが、詳しくはどんな状況だったのでしょう?」
と、手紙から目を上げた理真が訊くと、城島警部は、
「背中からひと突き。凶器は残されていなかった。死体はビルの貯水タンクの裏に隠すように置かれていた。この郵便がなければ、発見はもっと遅れていただろうな――」
「警部!」
ドアが開き、聞き憶えのある声が室内に響いた。捜査一課の中野勇蔵刑事だ。そのすぐ後ろに、丸柴栞刑事も続いている。二人は私たちに目礼だけして、警部への報告を行う。
「手紙のとおりでした」と中野刑事が手帳を開きながら、「先月十日、村上市五十谷で、確かに伊藤孝子さんという女性が亡くなっています。年齢は六十五歳。夕方に買い物に出かけたあと、夜になっても家に戻らなかったため、夫が探しに出ると同時に警察に捜索願いを出しました。遺体はその夜のうちに近くの農道脇の側溝で発見されました。死因は転落した際に頭を打ったことによる脳溢血です。被害者は足腰が弱く、いなくなった当日は雨降りで、その農道は舗装がされていませんでしたから、濡れた土で足を滑らせて誤って側溝に転落した事故として、所轄では処理されていました」
中野刑事は手帳を閉じ、続いて丸柴刑事が報告を行う。
「炉端町付近からは有力な情報は得られませんでした。ビルには管理人が常駐しておらず、部屋には鍵を掛けますが、ビルの出入り口には普段から施錠はしていなかったそうです。誰でもフリーパスで各階や屋上に出入り出来ます。防犯カメラも設置されていませんでした。外壁には非常階段も付いており、こちらからも常時出入りは可能です。近くのコンビニ店員や喫茶店の従業員などにも聞き込みをかけましたが、被害者を知っているという人はいませんでした。怪しい人物を目撃していないかも訊いたのですが、炉端町はオフィス街で、普段から多くの人が行き来するところですから、怪しい人物と言っても、これといって記憶にないという証言ばかりでした」
丸柴刑事の報告を聞き終えると、城島警部は、うーん、と唸った。丸柴刑事は、
「理真、由宇ちゃん、おつかれ」
と改めて私たちに挨拶をくれてから、肩にかかったセミロングの髪を払った。
「丸姉もおつかれ」
理真が答え、私も、おつかれさま、と挨拶する。
新潟県警捜査一課の丸柴栞刑事と理真は、素人探偵として犯罪捜査に加わるようになる以前からの知り合いで、今の理真の呼び方はその頃からの名残なのだ。フランクな呼び方のため、警察関係者や事件関係者の前では口にするのは控えているのだが、このメンバーなら問題ない。城島警部に加え、中野刑事も、何度も不可能犯罪捜査で理真と行動を共にしている。警察の中には、素人探偵の捜査への介入を快く思わない人もいる。仕方のないことだ。そんな中にあっても、この三人は県警内における、素人探偵の、理真のもっとも良き理解者たちなのだ。
「中野さんもおつかれさま」
理真は中野刑事にも忘れずに挨拶する。当然私もだ。
「あ、安堂さん、江嶋さん、おつかれさまです。いつもいつもすみませんね。今度も安堂さんのお知恵を借りなきゃならない事件みたいで……」
城島警部への報告時とは一転、背骨が抜けたような態度になる。中野刑事が理真と懇意にしているのは、理真の探偵としての力に一目置く以外の理由もある、と思う。今の態度を見ればそれは如実だ。理真が美人だということに異論を唱える人はいないだろう。
「理真くん」城島警部は理真に話を向け、「どう思う」
「間違いないでしょう」理真はもう一度手紙を見て、「これは〝ABC殺人〟です」
城島警部は、あごに手をやり、ううむ、と唸った。
〝ABC殺人〟とは、〝ある一定の法則性をもって重ねられる連続殺人事件〟を称する、この業界における専門用語だ。レジェンド探偵エルキュール・ポワロが解決した『ABC殺人事件』をその名称の由来としている。
イギリスのアンドーバー(Andover)で、アリス・アッシャー(Alice Ascher)が、ベクスヒル(Bexhill)で、ベティ・バーナード(Betty Barnard)が、という具合に、殺害現場となった町と被害者のイニシャルが合わさった形で連続殺人事件が起こる。探偵ポワロのもとには、その都度、〈ABC〉と名乗る謎の人物から挑戦状が届き、最後にはポワロの手により事件は解決される。というのが『ABC殺人事件』の概要だ。
以降、この事件に影響を受けたか触発された不可能犯罪は各地で発生している。日本でも過去に同様の事件が起きた記録が何件かあり、もちろんレジェンド探偵たちの活躍により解決されている。その〝ABC殺人〟が、ついに理真のホームグラウンドで起きたということか。
「しかも、今度の事件のプロットは、アルファベットではなく、いろは歌順……」
理真は腕を組んだ。
「ABC殺人……」
城島警部も腕を組む。中野刑事もシリアスモードに戻り、神妙な顔で手紙を見ている。
「犯人は、その〝ABC殺人〟をいろは歌の順で行おうと——いえ、すでに二人亡くなっているから、行っているということ? 何のために?」
丸柴刑事に訊かれると、理真は手紙から顔を上げ、
「……カムフラージュ。ABC殺人が起きて、真っ先に疑うのはそれだね」
そう、一見、快楽連続殺人犯による狂気としか思われない一連の犯行の被害者たちだが、実は犯人が標的としているのはその中の一名だけで、他の被害者はダミーであるというものだ。普通に殺害しては、犯人に真っ先に嫌疑が掛かるため、無差別ABC殺人の中に被害者を紛れ込ませることで、個人的な殺人動機を消し去ってしまおうというわけだ。レジェンド探偵ブラウン神父が手がけ、『樹の葉を隠すなら森の中』という有名な言葉が生まれた〝殺人の中に殺人を隠す〟事件の亜種といってもいいだろう(〝亜種〟というか、このブラウン神父の事件のほうが、ポワロが解決した『ABC殺人事件』よりも先に発生しているのだが)。しかし、過去に起きた同種の〝ABC殺人〟を見ても、必ずしもそれがすべてではない。
「とはいえ」理真は続けて、「現時点で犯人の動機を考えても埒が開きません。今できること、大事なことは、何よりも次の犯行を未然に防ぐことです」
「そうだな、それと」と城島警部は、「殺された二名の被害者の交友関係、怨恨の洗い出しだ。〝ABC殺人〟によるカムフラージュという線も当然捨てきれんが、通常の捜査を行わないことはありえない。それに、犯人はすでに目的を達していて、以下の犯行はすべてカムフラージュだということも考えられるからな」
理真は大きく頷いた。
「次の犯行ということは……」丸柴刑事は、「〈い〉〈ろ〉の次ですから、〈は〉で始まる地名に注
意するということですね」
「そのあたりの詳しい話は会議でしよう。理真くん、由宇くん、これから捜査会議が開かれる。二人も列席してくれるか?」
城島警部の言葉に、理真と私は、ぜひ、と、了承した。
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